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贈り物は、贈る側のためにある

白い卓に、ふたを開けたクラフト紙の小箱が置かれている 読み物

朝に5ドルを渡されて、夜までに使ってもらう。半分の人は本人のために、残りは別の誰かのために。これだけの設定で、人の幸福度には差が出ることが分かっている。カナダのブリティッシュコロンビア大学のエリザベス・ダンと、ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ノートンらが2008年にScience誌で発表した実験だ。金額を20ドルに増やしても結果は同じだった。誰かのために使った組のほうが、夜の時点で幸福度が高い。

人は他人のために何かをするとき、その行為が誰かの世界に影響したという感覚を得る。それが幸福度を底上げするらしい。後にダンとノートンは『Happy Money』という一般書でこの研究を発展させた。先進国でも途上国でも、文化に関係なく同じ傾向が観測されたとされている。お金は使い方次第で、人を上機嫌にする力を持つ。

この研究で「誰かのために使ったお金」に分類されたものの内訳は、おそらく多様だ。コーヒーをおごる、寄付する、ちょっとしたものを買う。そのすべてに同じ効用があるかは、論文では細かく分かれていない。それでも、贈り物を選ぶ立場から見ると、ひとつ言えることがある。

改札内で急いで選んだクッキーの缶を、義理で渡したことのある人は多いはずだ。そのときの後味は薄い。何日か考えて、相手の好みや今の状況を頭に浮かべながら選んだ品を渡したときは、結果がどうあれ、贈った側に何かが残る。それが研究の言う「誰かのために使うお金が幸福度を上げる」効果の正体に近い、と思える。

贈り物が贈る側を幸福にするのは、相手のことを考える時間そのものが報酬になっているからだろう。何を選ぶか迷い、検討し、決める。その過程に、相手のいる風景を思い浮かべる時間が含まれる。数十分なり数時間なり積み上げた末に渡す品は、相手にどう受け止められたかとは別のところで、すでに贈る側に何かを返している。

それでも、ランキングサイトで売れている品をそのまま選ぶ人は多い。外しはしない。ただし、選ぶ過程に費やした時間が短ければ短いほど、贈る側に返ってくる効用も薄くなるはずだ。贈る理由を言葉で説明できる品。そういう品を選ぶ作業は、相手のためというよりも、贈る側にとって意味のある時間でもある。

贈り物は、贈る人と受け取る人のあいだだけで完結するものではない。贈る側のなかで、選んでいた時間がそのまま残る。半年後に何を贈ったかを思い出せるかどうかは、その時間がどれだけ蓄積されたかに、案外、比例しているのかもしれない。

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